DIY

「ノコギリを引く」とは・・ それを悟った日

中学校の時、技術科の工作でノコギリを引くという実習がありました。

先生が聞きました。「ノコギリ使ったことある人いる?」

手を挙げたのは私1人でした。

ノコギリを引いたことがある中学生は私の時代でもそんなに多くはなく、私はたまたま近所のお兄さんとの付き合いで鳥の巣箱などを作ったことがあったのです。

得意気に「私は使ったことがあります!」と発言をしていました。

手を挙げた私を先生は皆の前に出しました。

そしてこの木材を切れ、というのです。

そんなことになるとは思ってもいない私は戸惑いましたが、もう後にはひけません。友達が多勢見ている前でのこぎりを引くことになったのです。

 

きちんとしたのこぎりの使い方など知らない私はやみくもに切るばかり。

大汗をかいていたと思います。

その挙げ句先生から言われた言葉は「ふーん、お前ののこぎりが使えるというのはそういうことか。」このとき先生がどういう気持ちでそれを言ったか分かりませんが、少なくとも褒め言葉には聞こえませんでした。周囲の友達も笑っていたと思います。

そしてそれからウン10年後、今私はDIYでものを作ることを趣味としています。

当然上手ではありません。

しかし、ゆっくりゆっくり自分のペースで、ときには半年に1つという、超ゆっくりペースで物づくりに励んでいます。(私の作業場は冬場本当に寒く暖房もありません。だから、冬場は作業が止まってしまいます。しかも寒すぎて塗装が出来ないのです。)

しかし、つい「最近ノコギリを引く」ということの意味がやっとわかってきたような気がします。

そうです、まさしく「引く」のです。

切ろうとせず、無理矢理木材に刃を食い込ませようとせず、ひたすら木材の切りたい断面に対して、平行に引くのです。

するとノコギリは面白いようにサクサクと木材を切ってくれるのです!

しかも断面が綺麗で、正確です。

このことに気づいた時はとても驚きました。力がほとんど必要ないのです。

これならば、訓練された人なら、いくらでも木材を切ることができます。

続けていれば、50を超えても新しい発見があるものです。

この話は、現在の私にとって良い形でまとまっていますが、そうでないものはたくさんあります。

だいたい私の記憶は得意気に始めてダメダメで終わるパターンばかりです。

しかも不思議なのですが、どうもそのダメダメになった後の記憶が全くありません。

自分で記憶を抹消してしまうのか、それとも本当になかった「夢」や「妄想」の出来事だったのかも今となっては定かではありません。

その記憶の中で、今でもよく思い出すことのひとつに跳び箱があります。

そのとき私は小学生で、何故か体育館の中を通って下校していました。そしてこれもまた不思議なのですが、私の知っている先輩が授業中だったのです。

そして私に声をかけました。「おまえ、あれ跳べる?」私は跳べる自信がありました。

「はい!」「じゃあ跳ベ。」ということで元気良く跳び箱に挑みました。

冬用防寒着を着たまま。皆さんこの後の展開が予想できますか?

そうです。大失敗です。その原因が分かりますか?   防寒着です。

実力的には充分あったのですが、開脚して跳び越えるときに裾の長い防寒着が跳び箱にひっかっかたのです。

そして私にはここからの記憶がありません。多分無様にひっくり返ったはずなのですが・・・。まあ、こんな苦い記憶ばかりが私にはたくさんあります。

皆さんの 小学校時代の記憶はどうでしょうか?

ちゃんと記憶が連続的に残っていますか?記憶が連続的に残っている人、もしくは授業中にどんなことがあったのか、何を言われたか、そういったことがきちんと残っている人が私は不思議ではならないのですが。。。

今日も読んでいただきありがとうございました。

Konちゃんでした!